サイコパスは哀れな末路をたどりがち
あなたたちが恐れおののく冷酷で無情のサイコパス。
彼らは一体どんな最後を迎えるのだろうか。
悲しき哀れな変質者の末路を見ていこう。
前回の記事↓
哀れな末路をたどりがち
善は悪がないことでも、道徳の危機を回避することでもない。善はそれ自体で独立して存在するものだ。苦痛や特殊な匂いのように。
ーG・K・チェスタートンー
良心の足かせを持たない人たちが、権力や富を、一時的にせよ獲得することがあるという事実を、否定するのは難しい。
人間の歴史にはその最初から現在に至るまで、侵略者、征服者、悪徳代官、帝国の独裁者の記録が多く残されている。
その多くは遠い昔に死んでいるか、あまりに絶大な権力を持ちすぎて臨床心理学者の診断対象にならない人たちである。
しかし、詳しく記録された彼らの有名な行動を考えると、人に対する感情的愛着にもとずく義務感をもたない人物、つまり、サイコパスがかなり混じっていると想像できる。
わるいことに、残忍な征服者や独裁者は、人類の手本とみなされることが多かった。
13世紀には、数えきれないほどのモンゴルの少年たちが、寝る前に無敵のチンギス・ハーンの物語を聞かされたに違いない。
良心が欠けていることは、性的な征服にも優位に働く。
とある一例。
暴君チンギス・ハーンの長男ジュチ・ハーンは征服した王族の娘の中から最高の美人を選んだという。
生得権を行使して、40人の息子をもったと言われている。
そして奪われた娘一人を例外に、敗者となった王族側は息子ともども必ず全員が虐殺された。
チンギス・ハーンの数多い孫の一人、フビライ・ハーンは元の国を建設し、正規の息子を22人もうけ、毎年自分のハーレムに処女を30人加えた。
そして、これを書いている時点で、旧モンゴル帝国の地域に住む男性の約8%にあたる1600万人が、ほぼ同じY染色体{男性だけが持つ染色体}を持っている。
チンギス・ハーンは、サイコパス的な暴君の中で、残酷で屈辱的な死に方をした珍しい例だ。
彼は1227年に狩の途中で落馬して死んだ。
だが、虐殺や大量のレイプを行ったものの多くは、最終的に自殺に追い込まれるか、耐えきれずに怒りを爆発させた人々の手によって殺害される。
ヒトラーは自ら口に拳銃を加えて発砲し、遺体はガソリンで焼かれたと言われている。
ムッソリーニは銃殺され、遺体は広場で逆さに吊られた。
カンボジアのポル・ポトは元部下たちに捕まって二部屋しかない小屋の中で死に、その遺体はゴミやゴムタイヤの山と一緒に焼かれた。
大物サイコパスはたいていあまり良い最期を遂げなかったが、急速に下降線をたどる傾向は、小物たちの場合でも同じだ。
規模はどうあれ、サイコパシーは最終的に負け戦になるのかもしれない。
想像とは逆に、無慈悲な人間が最終的に人より得をすることはないのだ。
彼らが最終的に失墜する理由は明らかだ。
怒れる元部下たちに惨殺されたムッソリーニやポル・ポトのような悪名高い独裁者たちの場合は、とりわけそれが言える。
多くの人を迫害し、略奪し、殺し、レイプすれば、やがて団結して復讐を企てる人々が出てくるだろう。
危ない橋を渡っていた人たちは最後に、間違った人を怒らせた。
失墜にはもっとめだたない他の理由もある。
良心なしに生き続けるサイコパスの心理に、特有の理由だ。
その第一が、ほかでもない”退屈”である。